【本】「育児をしない男は損」 自閉症の娘と向き合った父親が語る、部下10人のマネジメントに相当する子育て【JAPAN】

あなたの子どもがもし1歳で「自閉症」と診断されたら? 「一生言葉を覚えることはない」と言われたら? 『リカと3つのルール 自閉症の少女がことばを 話すまで』(新潮社)の著者、東条健一さんは、娘・リカちゃんが自閉症と診断されたとき、「幽体離脱」に近い状態を感じるほどのショックを受けたという。 しかし、大学の研究チームに力を借りるなどし、リカちゃんは3000語を話せるまでになった。同書はリカちゃんの成長の記録であると同時に、東条さん自身 の成長の記録でもある。父親として自閉症児と向き合うことはどういった経験だったのか。東条さんに話を聞いた。

ビジネスにも応用できる「訓練」方法 指示はシンプルに、誉めるときは大げさに

 

 

「むすめは、自分がほめられているかどうかなんて、わかりませんよ」僕は反論した。「リカちゃんは、ほめられると喜びま す」先生は自信たっぷりに言った。「リカちゃんがほめられて喜んだことがないのなら、あなたは、まだ、『本当のほめ方』を知らないんですよ」山本先生は説 明した。「感情をこめ、俳優になったつもりで、ほめてください」(同書から引用)

 

 

――東条さんは大学の研究チームの力を借り、3年にわたってリカちゃんの「訓練」を行っています。「空間固定の法則」など応用行動分析を駆使したものだったそうですが、これは大人が仕事をする上でも参考になる部分があると思いました。特に指示を出すという部分です。

東条健一さん(以下、東条)
:自閉症児と診断されたとき、リカは「言葉の概念自体がありません」と言われました。「リカちゃん、おりこ うさんだから座ってちょうだい」と言っても、冗長過ぎて伝わりづらいんです。「座って」とシンプルに言うことが必要でした。でもこれって普通の大人でも実 は同じです。仕事を頼むとき「いろいろ忙しいと思うけど……」とか、ついついいろいろ言ってしまうけど、それが物事を伝わりづらくしている場合がありま す。

 

 

――私も指示するときに「できればでいいんだけど……」とか言ってしまうのでよくわかります。

 

 

東条:本当はやってほしいんですよね。できればでいいんなら頼まなければいいし。指示が冗長なのは自信がないからなんでしょうね。指示が短すぎてもひどいですけど、適切な長さで指示できるようになれば、自分も自信がつくし、周りもやりやすい。

 

 

――ほめるときは「俳優になったつもりで」思いっきりほめてあげるというのも面白かったです。

 

 

東条:何かを達成したらほめるというのは大切なことです。小さなハードルをたくさんもうけ、それを達成したら伝わるようにほめてあげる。ほめるというのはなかなか難しいことだし、すごく介入的です。しっかり相手を見ていないとできないから。

 

 

―― 一方で、なんでもかんでもほめすぎるのは甘やかしにつながるのでは?という考え方もありますね。

 

 

東条:「そのままでいいんだよ」というのは放任ですが、ほめるのは前進しているイメージなんです。前進するために、ほめる状況を積極的につくっていかなくてはいけない。部下とか後輩をほめようと思っても、状況に任せていたらほめるチャンスなんてほとんどありません。

 

 

――なるほど。

 

 

東条:これは、自分自身に対しても大事なことです。自分が何かを達成したら、自分で自分を喜ばせてあげる。ぼく はリカのことがあるまで自分をほめたり喜ばせることがうまくできなかったけれど、今はそれができるようになりました。とても幸せですね。リカは今13歳で すが、毎晩のように「なんでこんなにかわいいんだろう。びっくりしちゃうね」って家族で言い合っています。

 

 

――どんなときに言うのでしょうか。

 

 

東条:たとえば、声をかけたらニコッと笑ってくれるとき。以前は、声をかけてもリカにはそれが何の音だかわから ないから無視だったんです。だから、人から声をかけられるとその後には楽しいことが待っているということを、ほめたり、楽しい体験をさせることで覚えさせ たんです。教えたことのなかでも「人と関わること=楽しい」という方程式は、一番重要なことだったと思います。

 

1人の育児は、10人の部下をマネジメントした経験に相当する

 

平均的な父親以上に、ぼくは家事と育児に時間とエネルギーを使ってきた。それなのに子どもは成長するどころか、異常さばか り目につく。努力が報われないことは理不尽じゃないのか。ほんの少し前は、困っている友人に「努力が足りない」とかんたんに言ってのけたぼくに、自分のこ とばが鋭いブーメランのように戻ってくる。(同書から引用)

 

 

――東条さんはトップセールスマンから大手紙の社会部記者に転身、その後PRの仕事でも成功されています。バリバリのビジネスマンが育児に熱中したことにギャップを感じる人もいるのではないかと思います。

 

 

東条:白状すると、最初は育児に関わるつもりがまったくなかったんです。分娩室で子どもを見たときも大してかわ いいと思わなかったし、1歳ぐらいまで娘は自分にとってそんなに大きな存在ではなかった。ひどい言い方かもしれませんが、男性に本音を聞くと、こういう 人って結構いると思います。ただ自分の場合は、普通にやっても育てられないことがわかって関わらなければいけない状況になった。育児に参加するようになっ て初めてそこで父親としての実感を得ました。出産を体験する母親と違い、父親は育児体験をすることでしか実感を得られないのではないかと思います。結果と していうと、ぼくは家事・育児をしない男はものすごく損をしていると思いますよ。

 

 

――損をしているとは?

東条
:仕事ではよくマネジメント能力が大事って言われますよね。ぼくは、子ども1人の世話をした経験があるなら、それは部下10人をマ ネジメントした経験と一緒ぐらいだと思います。育児をするまで、自分は「仕事ができる人間なんだ」と思い込んでいましたが、育児ですごく打ちのめされまし た。いかに何もわかってなかったのかと。育児をして戻ってきてからのほうが、圧倒的にパフォーマンスがよくなります。だから企業は育児休業で戻ってきた女 性を積極的にマネージャーや上司に抜擢するべきです。

 

 

>>>【後編はコチラ】男は育児経験によって仕事効率が上がる 自閉症の娘を持つ父親が語る、幸せに直結する子育て

(取材・文=小川たまか/プレスラボ)

 

●東条健一(とうじょう・けんいち)
大学卒業後、マスメディアで金融情報などの営業を経て、大手報道機関の社会部記者として活躍。その後、記者経験などを活かし、PR、ブランディング、マー ケティングの専門家として、著名人や企業のコンサルティングを行う。多くのベストセラー作家にアドバイスも行う。新刊の訳書『【決定版カーネギー】道は開 ける:あらゆる悩みから自由になる方法』(新潮社)では、自ら鬱体験を克服した経験をもとに、「なぜ心身が壊れるまで悩んでしまうのか」という問いに向き 合っている。

 

2014.4.22 ウートピ