【自閉症児を育てる過酷な現実  Hardships of raising Autistic Children

 

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知的障害者が犯人の千葉殺人事件      (当時、実名報道が論争に)
知的障害者が犯人の千葉殺人事件      (当時、実名報道が論争に)

 最近は、少年事件が起こるたびに、低くない確率で発達障害との関係が取り上げられ、実際の裁判でもその部分が重要な争点として争わることが増えているように思われます。自閉症児を持つ親御さんとしては、心穏やかでないところです。

 

「知的障害者はどんな犯罪を犯しても罪に問われない」とか「知的障害者から暴力や不快な行為を受けても泣き寝入り」などという印象をお持ちの方もいるようですが、山本譲司氏著書の「獄窓記」と「累犯障害者」によると、「加害者となってしまう障害者も決して少なくはない。塀の中には、かなり重度の知的障害者も数多く存在する。」と言っています。 

 

軽度の自閉症と言われているアスペルガー症候群の人は認知の歪みを抱えており、自分の感情をコントロールするのが困難なため、「キレ」やすく、反社会的な行動をとることがあると考える人々もいます。確かに、ときには独特の興味を一心に追い求める結果だったり、パニックによる防衛反応だったり、対人コミュニケーションスキルの不足から、当人が世の中の仕組みをよく理解できていないことによって常識が完全に欠如するために犯罪を引き起こしてしまうケースもあります。

 

しかし、統計的にアスペルガー症候群の人物が犯罪を起こしやすいというデータは確認されてなく、鑑別所や少年院の中の該当者は2%程度とされている見方もあります。アスペルガー症候群が事件を誘発したのか、もしそうだとしても主たる要因がアスペルガー症候群自体なのかその他の障害なのかについてなど、誘因の特定はきわめて困難です。現在の診断基準においては、アスペルガー症候群とADHD、チックなどとは重複診断をしない事となっており、判断は極めて難しいのです。

 

以下は、一部の少年事件の加害者がアスペルガー症候群だと報道され、社会に大きな影響を与えた事件です。

 

【事件1】200051日 豊川市主婦殺人事件

犯人の高校生は動機として「殺人の体験をしてみたかった」「未来のある人は避けたかったので老女を狙った」と供述していたが、学校内では後輩からの信頼も厚く、しかも極めて成績優秀であると見られていたため、その評判と犯罪行為との乖離が疑問とされた。そのため精神鑑定がなされ、一回目の鑑定では「分裂病質人格障害分裂気質者」、二回目の鑑定では「犯行時はアスペルガー症候群が原因の心神耗弱状態であった」と出され、名古屋家庭裁判所は二回目の鑑定を認定した。二回目の鑑定には児童精神医学の専門家一名が鑑定に加わっていた。

 

【事件2】2001430日レッサーパンダ男事件

東京都台東区の路上で戸板女子短大生がレッサーパンダの帽子をかぶった男に刺殺された。犯人は、知的傷害を持ち、中学までは普通の学校を卒業するが、高校は養護学校に進んだ。父親は大のパチンコ好きで、金の管理が出来ず、家計は主に母親の収入(職業は不明)で支えられていた。しかし、母親が白血病で亡くなって以来、母親の入院費、父親の浪費により、3人兄弟は厳しい生活を強いられることになった。以前からあった放浪癖がますます強くなり、就職してもすぐに辞め放浪してしまう事もしばしばだった。放浪先では金が無くなるとホームレスのような生活をし、短絡的に犯罪を犯し、逮捕される事もしばしばだった。

 

【事件3】200371日 長崎男児誘拐殺人事件

家庭裁判所の審判において「少年は、男性性器への関心と家庭環境で増強された他人への共感性の乏しさがあいまって被害者に暴行。防犯カメラを発見したことで動転し、衝動的行動に出やすいという資質と共感性の乏しさがあいまって被害者を屋上から突き落とすという行為に及んだと考えられる」と結論している。

 

【事件4】2008年3月25日岡山突き落とし事件
JR岡山駅のホームで、岡山県職員が突き落とされ死亡した事件で、殺人と銃刀法違反の非行事実で家裁送致された大阪府大東市の少年(18)が、捜査段階の簡易精神鑑定で「アスペルガー症候群」と診断されていたことが分かった。事件は岡山家裁から大阪家裁へ移送されている。少年の付添人弁護士が明らかにし、家裁に正式な精神鑑定を申し入れる方針という。
 

 

これらの事件は、文部省(当時)に広い範囲における高機能自閉症児に対する早期の教育支援が必要であることを認識させ、後に特別支援教育として制度化されるキッカケになりました。

 

法務省によると、2009年受刑者が刑務所服役時に受ける診断で、知的障害の疑いがあるとされる「知能指数相当値70未満」は6520人で全体の23%を占めるそうです。知的障害のある受刑者の場合、家族や親類から身元引受人になることを拒まれて仮出所できず、満期まで刑に服するケースが多いのです。しかも、生活指導などを行う保護司が付く仮出所者と違い、満期出所者を指導する法的な根拠はないため、刑期を終えたら、刑務作業のわずかな報奨金を渡して塀の外に出すだけというのが現状のようです。「福祉のケアを受けられず、万引きや無銭飲食、暴行など比較的軽微な罪を繰り返してしまうケースが多い」と刑務所関係者はみています。これまで知的障害が見過ごされがちだった受刑者を福祉の支援につなげ、再犯防止を図るため、法務省は1999年、受刑者の知的障害の有無を刑務官ら現場職員が判断できるチェックシートを導入し、障害の正確な把握をめざす取り組みをスタートさせました。

 

しかし、問題なのは、自閉症が、「社会性の障害」など行動や症状だけをみて判断されている為、反社会的行為の究極とも言える犯罪を犯した加害者が自閉症と診断されていた(または、事件後から診断された)場合、「自閉症(発達障害)=犯罪傾向」と、結論に導かれてしまう可能性があるのではなか・・・ということです。つまり、自閉症の診断基準は幅が広いので、犯罪が起った結果から原因を「あとづけ」で作られてしまうようなあいまいな要素が多いのです。日本自閉症協会は、「自閉症に対する偏見を助長しかねない」「自閉症と事件に因果関係はない」と強く主張しています。

 

このような発達障害と責任能力の有無については、長年社会問題視されてきました。

刑法第39条は・・・

 

1.心神喪失者の行為は、罰しない
2.心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する

 

「心神喪失者の不処罰および心神耗弱者の刑の減軽」を目的としていますが、犯罪者擁護法なのではないか・・・との声もあります。心神喪失/耗弱とは、精神の障害等の事由により事の是非善悪を弁識する能力(事理弁識能力)又はそれに従って行動する能力(行動制御能力)が失われた状態で、刑法上その責任を追及することができないために、刑事裁判で心神喪失が認定されると、刑が減軽されたり、無罪の判決が下りたりする場合があります。全体的な刑事事件にて心神喪失と認定されるのは極めて稀ではありますが、精神障害を疑われている犯罪者の中で毎年約90%が不起訴処分となっています。不起訴率90%の数字の背景には刑事事件における有罪率99.9%という数字が控えていて、検察官の点数主義が見え隠れしています。39条のような刑法が施行され、被疑者の自白供述にもっとも重きをおいた取調べがなされるのは、先進国で日本だけのようです。被疑者のための判断というよりは、検察にとって公判維持できるかどうか、有罪判決を勝ち取れるかどうかが優先されているのではないかとう疑念もあります。

 

「裁かれた罪 裁けなかった『こころ』」「自閉症裁判」「ルポ 高齢者医療」などの著書で知られる佐藤幹夫(フリージャーナリスト)は、「精神障害・知的障害=精神鑑定=無罪」という誤解を解いています。

 

198889年の幼女連続殺害事件では、複数の精神鑑定が実施され、多くの人にその科学性に疑問を持たせました。「病気を理由に凶悪犯ほど無罪になるのでは」との社会不安も呼びました。また、2001年に起きた大阪教育大付属池田小の校内児童殺傷事件では、被告が「精神障害であれば罪に問われない」と、過去に何度も精神障害を偽装して罪を免れたことで疑念は沸点に達したのです。犯罪の責任能力の鑑定判断を司法ではなく、精神鑑定のみに限定するのは裁判員からセカンドオピニオンを奪うことに他なりません。激しい発作を起こし一刻も早く病院で治療しなければならない状態であればまだしも、障害が犯行に及ぼした影響の程度を判断するのは、専門家でも非常に困難といえます。

副島洋明弁護士は、知的障害者や発達障害を抱える人の弁護を行ってきた経験から、責任能力ではなく、受刑能力のあるなしを鑑定すべきという主張しています。知的障害者にも、少年審判のような仕組みを適用すべきとしながら、「心神喪失」や「心身耗弱」には否定的見解を示しています。

 

本来の趣旨からいえば、そういった障害や困難をもった人を守るための刑法の規定が、結果として障害と犯罪との間に直接の関係を想定するような弁護側の主張を誘引し、さらにその結果として障害が犯罪の原因であるかのような印象を世間に与える結果になっているのは、皮肉というほかありません。 

 

逆に、自閉症児/者が犯罪(主に、性犯罪)の犠牲になってしまうことも社会的に問題になっています。「性のことについて、何も分っていないから」「誰にもしゃべらないだろうから」という理由で、悪意のある人間や小児性愛者から、性的虐待・性的暴行の対象にされてしまうことがあります。軽度知的障害の子どもの場合、初対面の知らない大人でも無垢に信用して相手の善意を信じて疑わないことがあるため、同様に性被害を受けやすい傾向にあります。

 

加害者になるのは、通りすがりの第三者や性犯罪の常習者ではなく、多くの場合、家族や親戚、友人や知人、施設職員やヘルパー、ボランティアなど、本人にとって身近な存在となっている人ですが、最近では「心の専門家」を称する心理学者や精神科医の行動も目に付くようになってきました。精神医学や心理学による診断、判定には科学的根拠が存在しないので、専門家がいい加減な診断や治療を行ったとしても、知識を持ち合わせていない患者はその是非を判断することは困難です。その結果、精神医療現場や心理療法の現場では、性犯罪の温床となっているのです。

 

子供が成長していけば、課外活動に出る機会も増え、親御さんが24時間保護するわけにもいきませんので、子供たちに自衛本能を教えるのが重要です。アメリカ・カリフォルニアのSeeds Education Services は、ユニークな「見知らぬ人達に対する自己防衛方」を紹介しています。詳細は、こちらのブログを参照。

 

 

【関連/引用/参考サイト】

自閉症の観点から見た社会倫理の問題 中野眞

JCASTニュース「アスペルガー症候群」って何? 犯罪との因果関係巡り大議論

奥のノート「犯罪を犯した障害者への対応」

厚生労働省「福祉の支援が必要な刑務所出所者の現状」

刑法39条関連事件

きこえとことばの発達情報室「刑務所は障害者の安息の場なのか」